[後編①]肩痛と前鋸筋~ベンチプレス好き必見~

肩が痛い時にやるべきトレーニングとストレッチ

  • 肩の痛みの発生要因として関連性の高い部位
  • その部位をターゲットとしたトレーニング及びストレッチ方法

主にこの2項目について解説・紹介させていただきました。

 

本稿は、その中で出てくる『前鋸筋』について、もう少し掘り下げて解説し、日常生活やトレーニング(特にベンチプレス)で肩痛に悩まれている方への予防・改善法を加えた『肩が痛い時にやるべきトレーニングとストレッチ』のアップデート内容になっています。

 

長編のため前編・後編の2部構成の予定でしたが、情報量が多いので後編を①・②に分けてお伝えします!

今回はその後編①です。

 

【関連記事】

※サクサクと読める内容ではありませんが『なぜ肩痛が起きるのか』『なぜこのフォームでトレーニングをするのか』など、根本を理解することが改善への近道と筆者は考えます。また、トレーニングにおいても本質を理解している人と、していないで形だけ真似している人では効果はまったく変わります。是非、2度3度ご覧いただけますと幸いです。

前編のおさらい

肩峰下スペースが狭くなると肩痛がおきる

肩痛のある人は特に肩甲骨の『後傾』に制限がある

肩甲骨の後傾に働く筋肉は前鋸筋・僧帽筋(下部線維)

=これらの筋肉は肩峰下スペースを広げる役割がある

・肩甲骨が前傾していると肩峰下スペースが狭くなる=肩痛がでる(腕が挙がらない)

・肩甲骨が後傾していると肩峰下スペースは広がる=肩痛がでない(腕が挙がる)

【前鋸筋の機能】

・肩甲骨の後傾と外旋に働く

・肩甲骨が肋骨から離れないように押し付けておく(下図参照)

前鋸筋が正常に働くことで肩峰下スペースは適正な距離に保たれ、肩関節がスムーズに動く

前鋸筋の機能が破綻すると肩甲骨の動きに異常がおきて肩痛リスクが上がる

後半はここから

肩甲骨の動きをセルフチェック

前鋸筋の機能が破綻しているかどうかを肩痛だけで判断するには情報が足りません。

そこでチェックする所が《肩甲骨の動き》です。

そして肩甲骨の動きで注目するポイントは肩甲骨の内側縁と下角の動きです(下図参照)。

なぜならば、前鋸筋は肩甲骨の内側縁と下角を肋骨側に押し付けておく働きをしているからです。

そのため、前鋸筋の機能が破綻すれば肩甲骨の内側縁や下角周囲の動きに異変が出ます。

では実際にその異変をチェックしてみましょう。

↓の動画(3ページ目)をご覧ください。

そして肩甲骨の内側縁と下角周囲の動きに注目してみてください。

左の肩甲骨に比べて右側に明らかな動きの異常がみられたと思います。

そして、その肩甲骨の異常な動きはパターン分類できます。

肩甲骨の異常運動パターンと筋肉

肩甲骨の異常運動で特に多いパターンは2つです。

 

【右の前鋸筋麻痺を呈したケース】L:健側/R:患側

【パターン①】

(1)下段左:腕を挙げて”下ろした時”に、肩甲骨の内側縁が後方飛び出る

●パターン①を制御する筋肉→前鋸筋/僧帽筋(下部線維)

【パターン②】

(1)下段右&(2)下段右:腕を挙げて”下ろした時”に、肩甲骨下角が後方に飛び出る

●パターン②を制御する筋肉→前鋸筋/僧帽筋(下部線維)

前鋸筋は肩甲骨の内側縁と下角を肋骨側に押し付けておく働きをもちます。

この機能が低下すれば、肩甲骨の内側縁や下角を肋骨側に押し付けておく働きが弱まり浮き出てしまう理由です。

 

【ちなみに】

腕をあげた時(上図)に、肩甲骨下角の位置(緑線)が左と比べて右が高くなっています。これは前鋸筋の機能低下を補うために、僧帽筋(上部繊維)が過度に働いた場合に見られる現象です。詳細は割愛しますが肩痛がある人は、腕を上げる際に僧帽筋(上部線維)が過剰に働く傾向にあります。そうすると、肩甲骨が前傾してしまい肩痛を助長します。

肩痛改善のためにオーバーヘッドプレス(プレス)や、Y-exなどは有効ですが、その時に僧帽筋(上部線維)が過剰に働いている場合はフォームや使用重量に注意をしないと、間違った動作を強化・学習し、更に痛める原因になります。

異常パターンの共通点

2つの肩甲骨の異常運動はどちらも”腕を挙げた時”ではなく”腕を下ろした時”に起きているという共通点がありますが、それはなぜなのでしょうか?

 

はじめに大事なポイントです。


筋肉の収縮の仕方は3パターンあります。

  1. 求心性収縮
  2. 遠心性収縮
  3. 等尺性収縮

図解がわかりやすいので以下をご覧ください(等尺性収縮については割愛します)

下図は《ダンベルを持ち上げて(求心性収縮)》《ゆっくりと元の位置に下げている(遠心性収縮)》図です。

《ダンベルを持ち上げる》《ダンベルをゆっくり下ろす》といった調整は、身体の司令塔である”脳”が制御します。

 

その脳にとって

  • 求心性収縮は“簡単”
  • 遠心性収縮は“難しい”

というのが大事なポイントです。

 

身体のどこにも問題を抱えていない場合は、そのどちらも簡単に行えます。

ところが、今回のように前鋸筋に問題を抱えている場合は、求心性収縮ができても遠心性収縮が上手く行えないケースが多いです(詳細は下記の【ちなみに】をご参照ください)

つまり腕を挙げる時(求心性収縮)よりも腕をおろす時(遠心性収縮)の方が前鋸筋にかかる負担は増すため、上手く機能していない場合は”腕をおろしている時(遠心性収縮)”に異常運動が起きやすい理由です。

誤解をしてはいけないのが「求心性収縮は異常がない」という理由ではなく、どちらも上手く機能していないですが、遠心性収縮の時に、特に異常運動は観測しやすいということです。

 

そして、これらの理由により荷重下(重りを持っている時)では肩甲骨の異常運動は更に起きやすい状態になります(=肩を怪我しやすい状態)。

【ちなみに】

前鋸筋の①筋力低下、②使いすぎ(オーバーユース)、または前鋸筋を支配する③長胸神経に何らかの障がいを受けた(脳卒中や怪我など)場合などでは遠心性収縮が上手く行えず、”肩甲骨の浮き”がみられます。

そして、肩甲骨が身体から浮き出ている状態が羽根のようにみえることから、この症状を翼状肩甲(翼状肩甲骨)と呼びます。

荷重下における前鋸筋の遠心性収縮

腕を挙げて下ろした時に肩甲骨にかかる負荷は《腕の重さだけ》です。

例えば、5kgのダンベルをもって同じ動作を行えば、肩甲骨にかかる負荷は《腕の重さ+5kgのダンベル》です。

そうなれば肩甲骨の異常運動は、負荷がない時よりも増強されます。

負荷がない状態で腕を上げ下げしている図をもう一度ご覧ください。

次は、20kgバーベルの負荷をかけた状態で、バーベルを前上方に押し上げて(上段)、下ろしている(下段)図をご覧ください。

起きている異常運動パターンは同じですが、負荷なしよりも、負荷ありの方が異常運動パターンがより増強され、観測しやすいと思います。

以上のことからも、前鋸筋の機能破綻による肩甲骨の異常運動は遠心性収縮時にみられやすいということが再確認できたと思います。

ベンチプレスにおける前鋸筋の作用

トレーニングにおいて、前鋸筋が遠心性収縮を強いられる時は主に「押す種目」です。

その中でも断トツで人気のある種目「ベンチプレス」で肩痛を訴えるケースはとても多いです。

では、前鋸筋に何らかの問題がある時に、普段どおりベンチプレスを行った場合、肩甲骨にはどのような異常運動が起きて、またそれが肩痛に影響を与えているのでしょうか。

投稿者プロフィール

Yutaro Masuda
Yutaro Masuda理学療法士
理学療法士として幾多の臨床経験を経て2020年に『RE-ALL FITNESS』を設立。
もともとは体重100kgオーバーの大食漢。腕立ても腹筋も出来ない男がアメリカンフットボールに出会ったことをきっかけにトレーニングを始める。やめてからはパワーリフティングに転向し、トレーニングに明け暮れる2児の父親。